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点尊降臨!

「ぼくが何者であるかは、お前が決めれ!」 なんか創る人をやってます。

20世紀生まれの君は21世紀という海に浮かぶクラゲを避けなくっちゃいけない(1)

人間の脳はサボるために知力を働かせるとぼくは思っている。考えすぎると頭が痛くなるからなのか、なるべく考えたくないのだ。それはこれを書くぼく自身も同じで、この考えたくない思考から逃れられない運命を背負っている。それが故に、ぼくはそこから逃げまいとしようと努力はしているつもりだ。だいたいが失敗しているのだが。

 

気がつけばノストラダムスの大予言は大外れし、21世紀になっている。そして21世紀になってから14年過ぎた。この14年間で何が変わったかというと、私たちひとりひとりが受け取る情報量が変わった。20世紀は新聞やテレビ、ラジオが主な情報源だった。しかし、今ではそこにインターネットが加わっている。インターネットでも大手マスコミが流すニュースのみならずフリーランスの記事や個人ブログ、TwitterFacebook、2chなど様々な情報媒体がある。IT業界で話題のビッグデータはそんな情報化時代を表した言葉だ。そしてこのビッグデータの時代は、過去にはわからなかった大手メディアの報道の質の低さが明らかにもなる時代となっている。

 

このように、当然すべての情報が正しいわけではなく、大手マスコミを含めて情報の精度は玉石混交、嘘やデタラメもあれば正しい情報もある。広大な情報の海の中で、私たちは泳ぎながら、嘘やデタラメというクラゲを避けなければならなくなったのだ。

 

クラゲに刺されると痛いのと同じで、嘘やデタラメは基本痛々しい。それを発信する側も痛々しいし、それにツッコミを入れるのも嘘やデタラメを発信する人と不毛な対立が発生するので、ツッコミを入れた人間に痛みが走る。だから関わらない、ツッコミを入れないということが常態化している。無用な対立は避けたいのは誰でも思うことだろう。真偽不明なことを調べるのが面倒だから、態度を保留しているのかもしれない。たとえそれが明らかに間違いだと知っていたとしても、対話や議論に慣れていない日本人は、そんな相手にツッコミを入れると喧嘩にしかならないことを肌で知っているから、誰もツッコミを入れない。嘘やデタラメを吐くのは簡単ですぐに広まるけど、正しいことは大概地味だからなかなか広がらないんだ。その間違いを証明するのは骨が折れることもあって、対費用効果は低い。

 

以前このブログではものの調べ方について、簡単に書いた(『誰でも発信できるからこそ必要な「ものの調べ方」)。最低限これくらいの知識とある程度の論理力があれば、そうそう騙されないはずだ。だけど、現実には高学歴の人でも騙されている。いや、騙されているというより、勉強の仕方を忘れているのか、それとも大学時代にレポートは誰かのを写して提出していたのかもしれない。ものを調べる技術が低すぎる人は、残念ながら学歴にかかわらず多いのだ。それは義務教育でものの調べ方を教えていないからだ。義務教育で学ぶ知識を使って調べれば、十分に嘘は嘘、デタラメはデタラメとある程度見破れるもんだ。日本の学校教育の欠点は知識を伝えることに偏重しているため、知識の使い方を教えていない。ものを調べるには文献を読み解けるだけの基礎知識が必要だ。それは義務教育の範囲で完全ではないにしても、ある程度は教えている。知識を使って調べた内容を検査し検討する技術を身につけさせることが、今後の学校教育では重要だとぼくは考えている。なんとなく調べ方をわかっている教員は多いかもしれないが、調べる技術を持っている教員は少ないのではないか? 調べる技術の向上を目指すなら、やはり教員へ調べる技術を身につけてもらう必要がある。この情報が溢れかえって漏れ出している世界を泳ぎきるために、当然教師だけでなく私たちにも、調べる技術や調べるための基礎知識は必要だ。

 

情報の真偽を自分で確認しなくちゃいけない社会になっている。ぼくは誰が発信者であろうと、基本その情報を鵜呑みにはしない。わからないことは「わからない」と態度を保留することにしている。人間は自分の信じたいことを信じる方が楽だから、自分の信じたいことを証明してくれそうな情報を支持しやすい。証明されていない単なる仮説であっても、自分に都合よい情報なら人は鵜呑みにしやすい。だから自分の心情に即した情報に惑わされてしまう、自分の頭の悪さを頭に入れておかなくちゃいけない。間違った時は謝らなくちゃいけない。それを避けたいなら、やっぱり勉強をしつづけないといけないと思う。嘘やデタラメの発信者とならないためにも、ぼくらは永遠に勉強をし続けなければならない。

 

今後いくつかの記事で、ものを調べるために最低限必要な視点や知識、ものの調べ方について書いていこうと思う。そのためここでは嘘やデタラメの具体例は出していない。次回はこの『20世紀生まれの君は21世紀という海に浮かぶクラゲを避けなくっちゃいけない』の基本姿勢について書こうと考えている。